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更新日:2013年3月1日 ページID:000623
(とうじんかいなんしゃかいそうくようとう)
指定年月日 平成17年1月4日
所在地 長崎市香焼町1034番地 圓福寺境内
延享(えんきょう)元年(1744)長崎に入港した唐船が、同3年(1746)帰国の途中、香焼と深堀の間で暴風のため遭難し、船主馬奉天(ばほうてん)以下54名が犠牲になった。そこで、以前、溺死した中国人1名とともに遭難場所に近い海岸に埋葬されたが、後に風雨により荒廃したため、宝暦(ほうれき)2年(1752)長崎在住の高山輝(こうさんき)ら15名の中国人によって現在地に改葬された。本供養塔は、合葬塔であるだけに、長崎に所在する唐人墓碑の中でも規模が大きく、装飾なども当時の形態をよく残している。また、遭難者名はもとより、建立した中国人商人の氏名・出身地なども刻まれており、日中交易史に関する資料としても価値が高い。
備考
地図検索(新しいウィンドウで開きます)
バス「香焼行政センター前」下車徒歩10分
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