ここから本文です。
更新日:2013年3月1日 ページID:000654
(けいかえんいせきしゅつどのいっかついぶつ18てん)
指定年月日 平成18年3月3日
所在地 長崎市立山1丁目1番1号 長崎歴史文化博物館
景華園遺跡は、島原市中野町に所在する弥生時代の墳墓群である。古くは元禄12年(1699)に遺物の発見が報じられ、昭和2年(1927)工事中に甕棺(かめかん)が発見され、棺内から当該資料の勾玉(まがだま)と管玉(くだだま)及び布片が出土している。また、それより1~2年前に同所より中細形銅矛(なかほそがたどうほこ)2点が発見されている。
指定資料は、これらのうち長崎県が所蔵する勾玉1点、管玉15点と銅矛2点の計18点で、景華園遺跡の学術的な重要性を指摘する発端となった資料である。発見された銅矛は甕棺の棺外副葬品であった可能性が高く、北部九州地域では中細形銅矛が各地域の首長墓に副葬される例が多く見られることから、棺内出土の勾玉・管玉を含め、弥生時代中期の島原半島における首長墓の副葬品であった可能性をもっている。
本資料は、景華園遺跡が島原半島において中心的な弥生時代の遺跡であったことを示すとともに、統括していた特定有力者の存在を物語り、当該地域の社会の構成や発展、北部九州地域との関わりなどを解明するうえで貴重な資料である。
備考
地図検索(新しいウィンドウで開きます)
(補足)公開の有無は所在地に直接お問い合わせください
より良いホームページにするために、ご意見をお聞かせください。コメントを書く