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更新日:2013年3月1日 ページID:000794
江戸時代中期に、当時の佐賀藩深堀領であった彼杵郡小ケ倉村上揚に伝えられたと言われている。鉦には、元治元年(1864)5月、慶応4年(1867)7月と銘がある。
この獅子舞は、幕末から昭和27年まで長崎くんちの下筑後町の奉納踊として出演していたため長崎市民に「筑後町の獅子舞」として親しまれた。そのために、ひなびた衣装は華麗な衣装になったのが特色である。
(演目)道中、月の輪、サンコと獅子舞、ござ巻き、道中・囃子方、大太鼓・締め太鼓・大鉦・小鉦
(小1)獅子1頭(2)、大太鼓担手(2)打ち手(1)、締め太鼓
・背負手(2)打ち手(2)、笛(4)
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