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ヴォスロール村は、パリから西へ250キロメートルの距離にあり、フランス北西部のノルマンディー地方中部海岸部にあるカルバドス県に属している面積7.6平方キロメートル、人口約350人の村です。
村の中をオール川が流れ、「オール川のほとりにある豊かな土地」というのが村の名の由来です。主な産業は、農業および酪農で牛乳、バター、チーズ、シードル(リンゴ酒)やカルバドス(リンゴブランディー)の名産地です。

外海地区の人々を救済するため、私財を投げ打って社会福祉事業に貢献したマルコ・マリ・ド・ロ神父の出身地。ド・ロ神父研究者のヴォスロール村への訪問をきっかけに、旧外海町から提携申込みの打診をし、ド・ロ神父の人類愛の精神を引き継ぎ、国際平和の促進に役立てようと提携。2005年(平成17年)1月4日、旧外海町との合併に伴い、長崎市に引き継がれる。(2004年(平成16年)12月29日、「長崎市とヴォスロール村との姉妹都市提携に関する確認書」を交わす。)(姉妹都市提携の継承について、2003年(平成15年)3月13日にヴォスロール村議会で承認、2004年(平成16年)9月24日に長崎市議会で承認)
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時期 |
主な交流状況 |
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1968年(S43) |
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1978年(S53) |
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1979年(S54) |
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1984年(S59) |
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1986年(S61) |
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1988年(S63) |
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1998年(H10) |
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2001年(H13) |
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2005年(H17) |
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2010年(H22) |
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2011年(H23) |
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2012年(H24) |
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2013年(H25) |
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2018年(H30) |
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2019年(R1) |
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2020年(R2) |
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| 2023年(R5) |
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長崎外海・ヴォスロール姉妹都市委員会
ヴォスロール・外海姉妹都市委員会
12世紀に建てられたロマネスク様式のこの教会は町のシンボルです。6世紀、聖オバン司教に捧げられたものです。16世紀の宗教戦争で荒廃しましたが、1848年に復元。教会の墓地には、ド・ロ神父の父親の両親とその家族の墓があります。

中世期時代に建てられたものです。14世紀から建設が進められ、その後増改築が進められましたが、完成する前に農場に変えられました。城の塔は、大きな鳩小屋になっています。当時、鳩小屋の大きさで、どれくらい金持ちであるか分かったと言われています。
15世紀の城の跡地に建てられ、1735年に完成しました。戦争中と戦後の一時期、ベネディクト派の女子修道院として使用されていました。現在は身体障害者の更正施設として利用されています。

かつてド・ロ家が所有しており、1840年にド・ロ神父はここで生まれました。この城で、外海町とヴォスロール村との調印式が行われました。それから30年後、同じ場所で同じペンを使って長崎市とヴォスロール村との姉妹都市提携再確認書が結ばれました。現在は、国立の農業試験場となっています。
ヴォスロール村内にあるド・ロ神父の散歩道へ続く遊歩道が「平和の道」と命名され開通しました。この道は、ヴォスロール村と市町村共同体の隣市バイユー市へも繋がっています。
アルグージュ邸の古い伝説
昔、この領地を治めていた一人の騎士がおり、大きな館を持っていました。ある時、彼は相応しい娘をみそめ、結婚を申し込みました。娘は、「夫は妻の前で決して”死”という言葉を口にしない」という約束で結婚しました。
2人は幸せな日々を送っていました。
しかし、不幸な出来事が起きます。
ある日、夕食会に招かれた夫は、妻の支度がなかなか出来ないのでイライラしながら待っていました。やっと支度が終わった妻に、「あまり来ないので死んでしまったかと思った。」といってしまったのです。
その瞬間、夫人は夫の目の前から消えてしまいました。
この夫人は今でもこの領地をさまよい歩いているそうです。