本文
令和6年7月31日(水曜日)午後1時00分~午後1時33分
会見の様子(Youtube動画)は、こちら<外部リンク>
配付資料はありません。
鈴木市長
本日は、お集まりいただきましてありがとうございます。それでは、座ったままで失礼させていただきます。
記者会見の前に、長崎市出身の永瀬貴規選手が、現在開催されておりますパリオリンピックにおきまして、柔道男子81キロ級に出場され見事金メダルを獲得されました。長崎市民にとっても大きな喜びでございます。心からお祝い申し上げます。本当におめでとうございます。
初出場だったリオオリンピックで銅メダル、そして東京オリンピックでは見事金メダルを獲得されて、今回のパリオリンピックでオリンピック2連覇、そして3大会連続の表彰台となったわけでございます。
世界でも81キロ級というのは層が厚いというふうに聞いております。この81キロ級でオリンピック2連覇を達成したのは永瀬選手が初めてということでございまして、今大会の全5試合で相手に技のポイントを1つも取られずに優勝されたという姿は、本当にすばらしく、長崎市民として本当にうれしく思っております。
長崎出身で、幼少の頃から市内の道場で稽古に励まれてずっと柔道に励まれてきた永瀬選手のご活躍は、市民に対して夢と希望、勇気を与えてくれました。本当にビッグな市民に対するプレゼントだというふうに思っております。
市民の誇りとするものでございます。市長として、本当にこの上ない喜びでございます。感動しました。本当にありがとうございました。
鈴木市長
それでは、まず海外出張について、ご報告いたします。
7月19日から27日まで、核不拡散条約(NPT)再検討会議第2回準備委員会へ出席し、そして、また市民友好都市ヴュルツブルク市へ訪問いたしました。これを目的として、スイスとドイツへ出張しましたので、その概要についてご報告いたします。
まず、スイス・ジュネーブ市でのNPT再検討会議第2回準備委員会に臨む前に、スイスの隣国ドイツにあります本市の市民友好都市ヴュルツブルク市に訪問いたしました。
7月20日、ヴュルツブルク市に到着後、すぐにクリスチャン・シューハルト市長から直接ヴュルツブルク市の現在のまちの様子、それからヴュルツブルク市の平和首長会議における活動状況、そして過去に2度長崎を訪問されたときの感想などをお伺いすることができました。
私からは、長崎市の核兵器廃絶に向けた平和への取組などをご報告し、幅広に率直な意見交換を行うことができました。シューハルト市長からは、私の着任間もないうちにヴュルツブルク市を訪問したことについて、お礼の言葉をいただいたところでございます。
その後、シューハルト市長自ら市庁舎内をご案内くださいました。市議会議場の壁面に壁画がたくさん描いてありまして。こちらですね。壁画にいろんな壁画が描いてあります。ここに見えますかね。2つシーボルト像が描いてありまして、これはヨーロッパ、ドイツのほうで描かれたシーボルト像だと思いますけども。これは、浮世絵といいますか、日本で描かれたシーボルト像で、てんぐみたいなそんな絵になっております。その両方を並べて描いてあるというものでございます。
また、庁舎内には、第二次世界大戦中、空襲で破壊されました市街の80%以上が破壊されたということでございます。まちが石造りの家が多いもんですから、その石造りのその枠組みだけ残った形で、こういう形で無残な姿になったということなんですけれども。それをミニチュアで再現したヴュルツブルク市街の模型も展示されておりました。そういうところも含めて、長崎、ヴュルツブルク市両市のシーボルトと平和を通じたつながりを改めて認識したところでございます。
翌21日は、ドイツ・シーボルト博物館を訪問いたしまして、そして昨年10月シーボルト来日200周年記念式典などを実施した際に、多年にわたり長崎市のシーボルト記念館の運営に貢献いただいているドイツ・シーボルト協会に来崎いただいたことに対して、その返礼を申し上げるとともに交流を行ってまいりました。
この中で、今回の訪問に合わせてシーボルト博物館で開催いただいた「原爆パネル展」のオープニングをヴュルツブルク市長ご臨席の下行うとともに、シーボルト協会をはじめご参加いただいた市民の皆様に対しまして、私自身直接、長崎市の平和の取組についてプレゼンテーションさせていただきました。原爆による惨禍を多くの人に知ってもらい、その体験を継承していこうとする長崎市の思いを共有できたものと感じております。
また、令和7年度にドイツ・シーボルト博物館と長崎シーボルト記念館が、友好博物館提携から30周年を迎えることから、シーボルト博物館の展示物の更新などを含め、双方で協力することができる内容について意見交換させていただきました。
さらに、市民友好都市提携のきっかけとなりました市民間交流といたしまして、シーボルトの出身大学でありますヴュルツブルク大学と長崎大学との間で留学生の相互派遣を行っておりますけれども、実際に長崎留学を経験した学生などと交流させていただきました。
ヴュルツブルク大学の交流担当の先生から、今後は交流分野を拡大させながら伝統ある交換留学を続けていきたいというお話をいただいたところでございます。
ドイツ最終日の22日は、ヴュルツブルク市役所を訪問いたしまして、市長を表敬訪問いたしました。会場には、議員の皆様、そして在ミュンヘン日本総領事やシーボルト協会の会員の皆様など、大勢の方にお集まりいただき、共に平和を希求する都市として、令和7年に長崎で開催予定の平和首長会議総会への参加を呼びかけるとともに、「ヴュルツブルク市との永遠の友情と世界恒久平和」を願って記帳を行いました。
今回のヴュルツブルク市訪問では、シーボルトを通じた友好関係や平和を希求する両市の思いを再認識することができ、非常に有意義な交流を実現することができました。
これをきっかけといたしまして、市民の皆様に市民友好都市についてより知っていただくとともに、シーボルトや平和を通じてさらなる交流促進につなげていきたいと考えております。
同日、22日の午後からは、NPT再検討会議第2回準備委員会に出席するために、スイス・ジュネーブ市に移動いたしました。
まず、第2回準備委員会の演説でございますが、松井広島市長とともに、23日に行われたNGOセッションにおきまして演説を行ったところでございます。
私は、この演説の中で、核兵器を使用したら人やまちに何をもたらすのかをしっかりと伝えた上で、「核兵器は決して使ってはならないということ。そして、核兵器の脅威から人類を守るためには廃絶しかないということ」これらを強く訴えさせていただきました。「長崎を最後の被爆地にする」ということ、この被爆地長崎の思いを共有できたものと考えております。
次に、中満国連事務次長兼軍縮担当上級代表との面会では、同席した広島の高校生に対し、中満事務次長のほうから、「意見が異なる人と対話し、共通基盤を見いだすことが大切であるということ。そして、世界で起きていることに関心を持ち、様々な考えを聞き、対話を重ねることで平和を構築する輪を広げてほしい」という激励がありました。
また、今回の準備委員会の議長を務めます、ラクメトゥリン議長のほうから、これ、カザフスタンの方ですけれども、この議長に、厳しい国際情勢の中で開催される今回の準備委員会に対する期待を、まずこちらのほうから伝えさせていただいたところでございます。
議長のほうからは、「複数の国が、相手の国を名指しで非難するというような状況が見られるということ。そういう中で非常に厳しい会議の状況であるということでございますが。こういう中にあって、私たちはこのプロセスにおける様々な利害関係者の懸念を軽減するために最善を尽くす。」というふうに述べられておりました。
そして、「都市には市民がいて、教育や文化、その他多くの場面で核軍縮の必要性を伝えることができる。それは核軍縮を進める上で非常に重要な都市の役割である」というふうな話がございました。
また、各国政府代表者との面会も行っております。核兵器廃絶に向けた国際的な取組を牽引いたしますメキシコ、タイ、アイルランド、そして核保有国のアメリカ、それらの各国政府代表とそれぞれ面会しております。
平和首長会議の活動を説明するとともに、核兵器廃絶に関する意見交換などを行いまして、面会した方々からは、「被爆の実相を伝えることは現在の混沌とした国際情勢において非常に意義がある」という平和首長会議の活動についてのご理解と御協力を示していただいております。
しかし、会議の進捗につきましては、「非常に難しい交渉が続いているということ。しかし、諦めずに努力を続けていきたい」など、厳しい局面が続いていることが示されているところでございます。
準備委員会は、8月2日まで続きますので、その動向を注視していきたいと思います。
そして、この機会を捉えまして、そのほかにも幾つかの面会、あるいはイベントに参加しております。
まず、ヴァロヴァヤ国連欧州本部事務局長と面会いたしまして、国連欧州本部内の常設原爆展の展示延長決定について謝意を伝えております。これに対しまして、事務局長のほうからは、現在の厳しい国際情勢の中では、核戦争、核兵器について特に若い世代に伝えていくことが大事であると考えており、今後も長崎、広島両市と連携していきたいと述べられておりました。
また、私が副会長を務めます平和首長会議では、会議に合わせて被爆の実相などを伝えるバナーなどの展示や、役員都市による意見交換会、若者を主体としたNGOサイドイベントなどを行っております。また、ナガサキ・ユース代表団の6人を当会議に派遣しておりまして、ユース代表団が主催するNGOサイドイベントに出席いたしました。その中で、私からは、長崎市の平和の取組について、私の両親が被爆したときの様子の話も含めながら説明を行ったところでございます。
今回、第2回準備委員会に出席した所感といたしましては、昨年の第1回準備委員会の時点よりさらに各国間で分断と対立が激化していることを肌で感じたところでございます。そして、「核兵器のない世界」の実現に向けた道筋は定まらず、厳しい状況にあるときだからこそ、被爆地として諦めずに、たゆむことなく被爆の実相を伝え続ける意義があるというふうに強く感じたところでございます。
今後とも、広島市や平和首長会議加盟都市、国連等の国際機関、NGOなどと連携を強化しながら、被爆地長崎の役割をしっかりと果たしていきたいと思います。
以上が、今回の海外出張の報告でございます。
鈴木市長
次に、8月9日に開催いたします長崎平和祈念式典におけますイスラエルへの招請状の取扱いについて、ご報告させていただきます。
現下の中東情勢に対する世界の様々な動きなどを踏まえまして、式典において不測の事態が発生するリスクなどを懸念し、式典主催者として、参列者の安全の確保及び式典の円滑な運営を行うため、これまでイスラエル大使への招請状の発出の判断を保留させていただいているところでございます。
式典まであと9日となった現時点においても、リスク等への懸念に変わりはなく、大変苦渋の決断でございますけれども、今回、イスラエル大使への招請状の発出を見合わせる、招請しないということを決定させていただきました。
ここで申し上げておきたいのは、この決定は決して政治的な判断に基づくものではなく、あくまでも原爆犠牲者を慰霊するための式典を、平穏かつ厳粛な雰囲気の下で開催したいという式典を円滑に行いたいという考えからの判断でございます。ご理解を賜ればというふうに思っております。
以上が、私からの報告でございます。
記者(長崎新聞)
イスラエルの平和祈念式典への招請状についてですけれども。招請をしないと決定をされたということですけれども、まず、決定をしたのはいつになりますでしょうか。
鈴木市長
本日でございます。
記者(長崎新聞)
ありがとうございます。本日決定をされたということで、市長としてイスラエルを招請できないということについて、率直な受け止めを教えていただければと思います。
鈴木市長
私の思いとしては、これまでも申し上げておりますけれども、世界のできるだけ多くの人々にこの被爆地長崎を訪れていただきたいと。そのため、平和祈念式典においても、核保有国、非核保有国を問わず、あるいは紛争国、非紛争国を問わず、原則としてあらゆる国の代表者、あらゆる駐日大使に平和祈念式典に参加していただきたいというふうに考えているところでございます。
そういう考え方からすると、今回、このような判断になったこと。大変残念ではございますが、先ほど申し上げましたとおり、大切なことは、原爆で犠牲になられた方の慰霊を行うということ。そして、核兵器のない世界の実現に向けた平和のメッセージを発信するということ。これが式典の本旨でございます。この式典の本旨を完遂するためにも、式典を平穏かつ厳粛な雰囲気の下で実施したいというふうに考えております。
そういう観点から、今回の苦渋の決断に至った次第でございます。
記者(長崎新聞)
ありがとうございます。今回の決定については、イスラエル側に長崎市から既に伝えたのか、または伝える予定があられるのかということについて、教えていただければと思います。
鈴木市長
もう既にイスラエル大使館には伝えさせていただいております。
記者(長崎新聞)
併せて、イスラエル大使館に伝えたときのイスラエル大使館側の反応についても、最後に教えていただければと思います。
鈴木市長
先方の反応につきましては、先方が外国政府ということもありますので、こちらのほうから回答は差し控えさせていただきたいと思います。
記者(長崎新聞)
何らかの反応があったけれども、それは言えないということでしょうか。
鈴木市長
それも含めて、回答は差し控えさせていただきたいと思います。
記者(西日本新聞)
今日、決められたということだと思うんですが、海外出張中にどなたかと相談したとか、何かそういったことがあったのでしょうか。
鈴木市長
そこのプロセスについては、お答えを差し控えさせていただきたいと思います。
記者(西日本新聞)
そうすると、何を判断材料にして、何を根拠にそういう決断をされたかというところも具体的にはおっしゃらないということでしょうか。
鈴木市長
先ほど申し上げましたとおり、現在の中東の情勢ですね。それに対する世界の様々な動きなどを踏まえまして、判断させていただいております。
記者(西日本新聞)
今日発表された長崎市の決定については、広島市はご存じなのでしょうか。
鈴木市長
はい。松井広島市長には、お伝えしております。
記者(西日本新聞)
今日、お伝えしたということでしょうか。
鈴木市長
それについては、その考え方、いつかというのはちょっとあれですけれども。はい。お伝えしております。
記者(朝日新聞)
同じ関連なんですけども。今の広島市長の話が出ましたけれども。今回、結果的に前回保留でしたけども、広島市と同じ被爆地の祈念式典ではこういう判断が分かれた。これでもう分かれたということになるんですけれども。そこに関して、市長として個人的にというか、今受け止められているところというのはありますでしょうか。
鈴木市長
はい。広島市も、長崎市も、平和祈念式典を平穏かつ厳粛な雰囲気の下で行いたいと。それによって、原爆の犠牲になられた方々の慰霊を行いたいということ。その思いは共通でございます。そういう思いの下で、招待者の範囲はそういうふうに違ってはいても、そういう思いは共通であるということを確認しております。また、そういうことだというふうに思っております。
記者(朝日新聞)
さっき質問でもあったんですけれども。実際、海外に行って、広島の市長もいらっしゃっていろいろやり取りする機会もあったかと思うんですけれども。そういうところでいろいろ何か相談とかそういうような話というのは。あっても言えないという、そういう。
鈴木市長
少なくとも、ジュネーブに出張しているときに、ずっと松井市長ともほぼ行動を同じくしておりますけれども。そこの場面で相談するとかそういうことは少なくともございませんでした。
記者(朝日新聞)
分かりました。最後、先ほど政治的な判断ではないという話だったと思うんですけれども。これは、要は今、実際人道的なそういう危機って、いわゆる武力衝突で人道的な危機にあるという、そういう指摘がされている状態ではそういう避難もされている。そこの渦中にある国を呼ばないというのは、それはあくまで政治的な判断とは全く関係ない。あくまで式典を平穏に執り行う。それが理由に尽きると。そういうことなんですか。
鈴木市長
すみません、今の質問がよく分からなかった。
小川記者(朝日新聞)
質問としては、政治的判断ではないとおっしゃったので、当然政治的判断というのは呼ぶことによっていろいろ批判、人道的危機の指摘がされている国を呼ぶ、呼ばないみたいなそういうところの政治判断とかあると思うんですけれども。そういうことではないということですね。
鈴木市長
今おっしゃったことも含めて、そういう政治的な判断によるものではなく、あくまでも先ほど申し上げましたとおり、不測の事態がその式典において発生するリスクが懸念されるということ。それによって、式典の円滑な運営が阻害されるおそれがあるということ。それを懸念いたしまして、最終的に平穏かつ厳粛な雰囲気の下での式典の開催ということを重視いたしまして、今回の判断に至りました。
記者(共同通信)
続いてになってしまうんですけど、不測の事態が発生するおそれがあるというのは、先ほどおっしゃっていたように、中東情勢に対して世界で様々な動きがあるというところとつながっていらっしゃるという認識で間違いないですよね。
それは、6月のときに、現時点ではそのときの時点では判断をしないという判断をされていたと思うんですけれども。6月のときと中東の情勢が変わらなかったという認識をされていて、このような判断に至ったという認識で間違いないですかね。
鈴木市長
最終的には、8月9日の当日の時点でどういう状況にあるのかということだと思うんですけれども。今、こういうふうに事態が推移していて、その時点で大変残念なことではありますけれども、そういう我々が恐れているような不測の事態の発生のリスクが軽減されるようなそういう動きになってるということを我々に確信させるようなそういう動きがやはり今に至ってもないということで判断させていただきました。
記者(共同通信)
その不測の事態が発生するというのは、ガザ地区への攻撃をしている国を呼ぶことに対する抗議活動が行われるということを想定していらっしゃるのですか。
鈴木市長
はい。それも一つだと思います。そういうことも含めて、抗議もあると思いますし、いろんな形で反対とか批判、異議を唱えることをいろんな表現方法があるかと思いますけども。それが場合によっては、式典を阻害するような形で表現されるかもしれないということを恐れたものでございます。
記者(共同通信)
別件で、6月の時点で即時停戦などを求める書簡をイスラエル大使館に送られていたと思うんですけれども。それに対して、向こう側から何か反応はあられましたか。
鈴木市長
その反応については、またお答えは差し控えさせていただきたいと思います。
記者(共同通信)
それは、あったけどお答えを差し控えるというのか、有無について、そこ自体を答えないというのか、どちらになりますかね。
鈴木市長
それも含めて、差し控えさせていただきたいと思います。
記者(Ktn)
NPTの関連なんですけども。準備委員会に出席された中で、ご自身も世界を駆け巡る情勢の厳しさだとかを実感されたということですが。この開催期間中に国内でアメリカの核を含む戦力について、拡大抑止を強化しようという形で初めて閣僚会議も開かれました。被爆地の思いと少し逆行するような部分もあるのかなというふうに感じるんですが、こうした中だからこそ、求められている被爆地の役割ですとか課題、感じられているところがあれば教えてください。
鈴木市長
ご指摘のとおり、28日にそのような日米の動きがあったということを承知しております。もうすぐ8月9日原爆の日を迎えようという中で、その動きは核抑止への依存をさらに深めるというものにつながるものでございますし、我々ずっと核兵器廃絶を訴えてきたわけでございます。その核兵器廃絶と逆行するような動きでございまして。そういう姿勢に対して、大変残念に思っているところでございます。
核抑止論がそういうふうにどんどん支配的になっているという中で、そして核兵器に依存する国が増えているということ。それによって世界はより危険な状況に陥ってきているということ。これは決して忘れてはいけないというふうに思っております。
核兵器が実際に使用されたら人類にどういうことが起こるのか。それをこの日本は一番よく分かっている国であるはずです。その日本政府として、核兵器に頼った安全保障政策を見直して、核兵器のない世界の実現に向けた国際的なリーダーシップを発揮していただくよう、強く願いたいと思います。