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日見地域センター(日見の史蹟)No.27~No.31


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ページID:0003723 更新日:2024年11月11日更新 印刷ページ表示

日見地域センター(日見の史蹟)No.27~No.31

※出典・・・『日見の史蹟等(発行:日見地区公民館運営協力委員会)』から抜粋

史蹟地図1~8

27 足の地蔵さま(じぞうさま)

場所: 長崎市界1丁目19-18(旧長崎街道脇で吉田氏宅横・はつつき観音から凡そ100m程網場側に進んだところ)

由緒と沿革: 150年以前からあったと思われる。足の悪い方がお願いのお参りしたところ良くなった。その後、「足の神様」として崇拝されている。足の神様としてお参りに来る方がいらっしゃる。昔は、ここに馬を繋いで休む場所があった。今は無いが馬を繋ぐ為の輪っかもあった。

足の地蔵さまの画像

28 正一位稲荷大明神(しょういちいいなりだいみょうじん)

場所: 長崎市界1丁目13(旧長崎街道から高城山に僅かに上ったところで周囲は畑・歯つつき観音から凡そ400m程)

由緒と沿革: 旧長崎街道沿いの界1-13-19太田氏宅付近にあったものを、平成6年頃現在の位置へ移転した。

正一位稲荷大明神の画像

29 供養塔(くようとう)

場所: 長崎市界1丁目9-23(旧長崎街道脇 宿町墓地入口・はつつき観音から500m程網場側・今村氏宅前)

由緒と沿革: 不明

供養塔の画像

30 阿弥陀堂(あみだどう)

場所: 長崎市界1丁目12 (旧長崎街道脇・三國屋橋から長崎側に進み突き当たって直角に曲がるところ)

由緒と沿革: いつの頃からかは、不明だが、旧宿名、向組の有志でお祭をしてきたといわれている。堂がこの場所にあるのは、墓地全体をお守りしているものと思われる。社殿前にある石の蓮台は、葬儀のとき、お棺(丸棺)を載せて読経をし、埋葬(土葬)するときに、使われたものであるということであるが、今は使われていない。平成6年(1994)12月再建改築。

阿弥陀堂の画像

31 継場跡(つぎばあと) ※現在この場所に案内板等はございません。

場所: 長崎市界1丁目3-12(旧長崎街道三国屋橋を経て長崎側に1分・現田川歯科医院)

由緒と沿革: 地方より長崎へ搬入する荷、又長崎より地方へ搬出する荷の中継ぎをする場所で、駕籠(かご)かきや運搬する人夫たちが常に待機していた。また旅人が休憩するところでもあった。