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ページID:0027504 印刷ページ表示 更新日:2025年2月5日更新

 長崎港の歴史は今から450年以上の前のこと。ヨーロッパの人たちが世界を駆け回った大航海時代にポルトガル船がやってきたのが始まりです。入り江には「長い岬」が突き出ており、この岬の様子から「ながさき」というまちの名前の由来になったと言われています。海の玄関として、交流の中からさまざまな文化や技術をもたらしてくれた長崎港。今では散歩をしたり、イベントをしたりと市民に親しまれる場所となっています。

長崎港

長崎港の画像

 ポルトガル船の来航によって開港した長崎港。貿易や宗教を求めて多くの人々が集まり、岬に六つのまちがつくられました。長崎港はその後も時代によって役割を変えてきました。2005年には海の上に女神大橋が架かりました。海面から橋までの高さが65mのこの橋は、夜にはライトアップされ長崎のまちのシンボルの一つにもなっています。今ではこの橋の下をクルーズ船が通って、国外から多くの観光客が長崎にやってきます。

 

古賀十二郎

長崎県立長崎図書館郷土資料センターの入り口の碑

 長崎県立長崎図書館郷土資料センターの入り口の碑には、「長崎市史風俗編」の刊行や長崎史談会を結成するなど、長崎学を確立した古賀十二郎先生の言葉が刻まれています。

 「港あり 異国の船をここに招きて 自由なる町をひらきぬ 歴史と詩情のまち長崎 世界のナガサキ・・・」

 長崎というまちの歴史が港から始まったこと、そして港町である長崎の個性と魅力が込められています。

 

倉庫群

長崎港の画像

 昔の頃の長崎港の様子は今とだいぶ異なります。今の出島ワーフのあたりには倉庫群がありました。当時は蒸気機関車が大波止ビル前の鉄橋を渡り、缶詰などの集荷を行っていました。その後、「ナガサキ・アーバン・ルネッサンス2001構想」の一環で倉庫はなくなり、今ではカフェやレストランで港を眺めながら食事ができ、港と市民の距離がぐっと近くなる場所となりました。

 

観光丸

観光丸の画像1

 長崎港を周遊できる「観光丸」。60分間のクルーズを楽しむことができます。観光丸は、1855年に長崎海軍伝習所練習艦としてオランダから江戸幕府に贈呈された軍艦です。当時、江戸幕府初の木造蒸気船は幕府海軍の練習艦として使われました。現在の観光丸は、当時の設計図をもとに、外観をはじめ船体やキャビンの彫刻などが忠実に再現されています。内装や甲板も当時と同じ材料を使用し、復元・建造が行われた復元船です。

 

長崎水辺の森公園

長崎水辺の森公園の画像1

 散歩をしたりまつりやイベントがあったりと、市民の憩いの場になっている「長崎水辺の森公園」。運河が流れる公園内はゆったりと開放的な雰囲気に包まれています。運河にかかる橋の名前は「あじさい」や「オランダ坂」などが用いられ、長崎らしいネーミングに。公園にある石のベンチが長崎凧がモチーフになっているなど髄所に長崎を感じることができます。